ロール設計から始める業務システム開発:属人化を防ぎ、拡張性を高めるアプローチ

SaaSやクラウドの普及により、企業が業務システムを導入するハードルは格段に下がりました。しかし、その裏で「使い始めたものの、ユーザー管理が煩雑」「運用が属人化していて引き継ぎができない」「新機能追加に対応できる設計になっていない」といった課題を抱えるケースが増えています。こうした課題の多くは、実は初期の「ロール設計」が曖昧なまま開発が進んでしまったことに起因します。
本記事では、「ロール設計」という視点から、業務システムの開発・受託において押さえるべき基礎知識を、実務に基づいた視点で深掘りして解説します。
ロール設計とは何か?なぜ最初に議論すべきなのか
ロール設計とは、システム内での「誰が・どの情報に・どうアクセスできるか」を明文化し、技術的に実装していく設計方針のことです。具体的には以下のような項目を含みます:
- 権限レベル(管理者、一般ユーザー、外部閲覧者など)
- 操作可能な画面(表示/編集/削除)
- データのスコープ(自部署のみ/全社対象/個人データのみ)
この設計が初期に定まっていないと、後の開発で以下のような課題が発生します:
- 画面や機能ごとに例外的な権限制御が増えていき、保守が困難に
- ユーザーが本来見るべきでない情報まで閲覧できてしまう
- 新しいユーザー属性(例:外部協力会社、契約社員など)に対応しにくい
また、ロール設計の不在は開発スケジュールや見積もり精度にも影響を及ぼし、結果としてプロジェクト全体の遅延やコスト超過の要因にもなり得ます。
よくあるロール設計の失敗例とその背景
ケース1:画面単位で権限管理してしまう
「この画面はこのユーザーだけ見られるように」といった要望を個別に実装していくと、全体像のない“パッチワーク”的な設計になります。結果として:
- 表示は制御されているが、API経由では全データが取得可能という抜け穴が生まれる
- 同じ情報が別画面で意図せず見られるケースが発生する
- 新画面や機能追加時に都度権限制御ロジックを追加することになり、開発コストが高騰する
ケース2:組織構造の変更に対応できない
「営業部A専用」など、固定化したロールやIDに依存すると、部門統廃合・異動・新組織追加時に設計が破綻します。柔軟性のないロール定義は、中長期的に大きなリスクを生みます。
ケース3:運用負荷が高く、情報システム部門しか管理できない
管理画面が専門性に依存してしまい、現場部門でのユーザー管理ができない。情報システム部門に問い合わせが集中し、対応が遅れたり放置されるケースも少なくありません。
適切なロール設計のためのステップ
ステップ1:ペルソナの洗い出し
まずは「誰が」「何を」「どこまでできるか」を明確にします。役割別に業務要件を整理し、以下のようなロールを検討します:
- 経営層:ダッシュボード閲覧、組織設定の更新
- 管理職:自部署の実績集計やユーザー管理
- 現場スタッフ:日々のデータ入力・閲覧
- 外部ベンダー:特定情報のみアクセス可
この段階では、業務部門へのヒアリングが重要です。「実際に何をしているか」を棚卸しすることで、想定外のロールニーズが見えてくることもあります。
ステップ2:RBAC(Role-Based Access Control)の構造設計
RBACでは、「ロールに権限を付与」し、「ユーザーはロールに所属する」形にします。これにより:
- 新入社員が所属するロールを選ぶだけでアクセス設定が完了
- ロールに変更があれば、ロール定義だけを更新すれば良い
- ユーザー数が増えても管理コストが一定に抑えられる
より複雑な業務ではABAC(属性ベース)との併用も検討に値します。
ステップ3:ロールとデータスコープの分離
「役割」と「対象データ範囲」を分けて管理します。たとえば「営業部マネージャー」という定義を、「マネージャーロール」+「営業部所属」の組み合わせで表現する設計です。これにより:
- 組織変更時の柔軟な適応が可能
- 異動者や兼任者にも適切なアクセス権を与えられる
技術的観点からの実装パターン
テーブル設計例
- users(id, name, email, role_id, department_id)
- roles(id, name, description)
- permissions(id, name, code)
- role_permissions(role_id, permission_id)
実行時には、現在のユーザーのrole_idに紐づくpermissionを取得し、対象アクションの可否を評価します。
フロントエンドの権限制御
「hasPermission(‘user.edit’)」のようなガードを実装し、権限がない場合は該当ボタンやメニューを非表示にします。UI上の直感的な制御は、ユーザー体験とセキュリティの両方に寄与します。
テスト観点
- ロール別E2Eテスト:機能利用可否を実ブラウザで確認
- マトリクステスト:全ロール×全機能の網羅性チェック
- 認可ロジック単体テスト:APIレベルでのアクセス制御検証
システムの拡張性・保守性を左右する「設計の型」としてのロール設計
ロール設計は、将来のシステム運用と拡張性の基盤です。明文化されたルールがあることで:
- チーム内の引き継ぎがスムーズに進む
- 要件追加時に「どのロールが何をするか」の議論が短時間で済む
- デザイナー・エンジニア間の認識齟齬を最小限に抑えられる
一方、未定義のまま設計を進めると:
- 各画面に権限ロジックが散在して修正が困難に
- 担当者が代わるたびに仕様が継ぎはぎに
- 監査対応が煩雑化し、セキュリティリスクが増す
将来的な保守性や、他システムとの連携、監査証跡の自動化にも影響するため、初期段階での整備が極めて重要です。
まとめ:属人化を防ぎ、将来の仕様変更にも強い業務システムへ
ロール設計は「誰が」「何を」「どこまでできるか」というシンプルな問いに正面から向き合うプロセスです。しかし、その影響範囲は設計・実装・運用・保守・セキュリティまで広く、まさに“設計の背骨”と呼ぶにふさわしい領域です。
受託開発や自社開発を問わず、開発初期にこの設計を丁寧に詰めることで、仕様変更に強く、拡張しやすく、属人化のリスクを最小化したシステム運用が実現できます。
開発パートナー選定の際には、「ロール設計の方針提示と実装経験が豊富かどうか」「業務視点での設計支援ができるか」という観点で確認することが、長期的な投資効果を最大化する重要な判断基準となるでしょう。