予測できない未来に備える『機能未定モジュール設計』:柔軟性を確保する開発アプローチとは

はじめに
システム開発の現場では、「最初にすべてを決めてから開発する」ことが理想とされがちです。しかし現実には、要件がプロジェクトの進行中に変更されるケースが多く、それが開発チームにとっては負担となることもしばしばです。特に受託開発では、発注者の意向や市場環境の変化が反映されやすく、開発中に「この機能はやっぱり必要ない」「新たにこういう機能を追加したい」といった要望が発生します。
そこで本記事では、「機能未定モジュール設計(Provisional Module Design)」という考え方を提案します。これは、初期段階では未確定な機能をあえて「未定」として設計に組み込み、将来的な拡張を容易にするアプローチです。業務システム開発やWebアプリ開発、スマホアプリ開発など、多様なプロジェクトに応用可能なこの設計思想を詳しく解説します。
なぜ今「未定機能」を前提に設計すべきなのか
現代の開発現場では、プロジェクトの全体像があらかじめ完全に明らかになることは稀です。特に以下のような要因により、設計の柔軟性が求められます。
・SaaS連携や外部APIへの依存:APIの仕様変更やサービスの統廃合に備える必要がある ・利用者ニーズの多様化:MVP(Minimum Viable Product)からスタートし、反応を見て機能を追加する開発スタイルが増加 ・ステークホルダーの追加:後から新たな関係者が参加し、要望が変化するケースも
こうした不確実性に対応するには、設計段階で「未定の機能」を想定し、構造を柔軟にしておくことが重要です。
実装しないのに設計する:矛盾を超える考え方
「まだ必要かわからないものを、なぜわざわざ設計に盛り込むのか?」と疑問を持たれるかもしれません。しかし、将来的に必要になる可能性がある機能に対して、あらかじめ受け皿を用意しておくことは、設計の品質と保守性を高める意味でも有効です。
例として以下のような手法が有効です。
・未実装機能のモジュールスロットを空けた構成にする(例:module/未定機能名) ・依存関係を整理し、未定機能にアクセスする他モジュールと疎結合にしておく ・UI/UXにおいては「未実装」のラベルを明示したダミーボタンを配置
これにより、機能追加時に大掛かりな修正を避けることができ、開発工数の最適化にもつながります。
想定パターンの抽象化とコードレベルの具体策
未定機能のための設計では、「将来こういう仕様になるかもしれない」というパターンをいくつか抽象化し、それぞれに対応できる柔軟なコード構造が求められます。
・設計パターンの活用:StrategyパターンやDecoratorパターンなどを用いて、処理の切り替えが可能な構成にする ・REST APIのプレースホルダ設計:未実装APIに対してもエンドポイントを定義し、現在はダミーレスポンスを返す ・型定義とバリデーション:TypeScriptやOpenAPIを用いて、将来的に使用するデータ構造の型定義を先に作成しておく
フロントエンドとバックエンドの連携における工夫
未定機能は、フロントエンドとバックエンドのインターフェース設計にも影響を与えます。
・画面遷移のルートを設計段階で開けておく(例:/feature-xなど) ・GraphQLなど型付きAPIで未定フィールドをnull扱いにしつつ型としては定義しておく ・未定のロールや権限に対応するアクセス制御設計(例:featureFlagによる制御)
これにより、未定機能を将来的に追加する際も、インフラや画面構成を大きく変えることなく対応が可能となります。
設計・実装フェーズでのチーム体制とドキュメント戦略
未定モジュールを扱う際、設計者だけでなくチーム全体の理解が必要です。
・JIRAやNotionで「未定モジュール設計方針」セクションを作成 ・仕様未確定チケットは「Provisional」ラベルをつけ、影響範囲を明示 ・コードベースにはコメントで将来的な統合予定を記述
また、クライアントやステークホルダーに対しても「今は未実装だが、想定して設計している」旨を明示しておくことで、信頼感を高めることができます。
機能未定設計を活かせるプロジェクト類型と事例
「機能未定モジュール設計」が特に効果を発揮するのは、以下のようなプロジェクトです。
・行政系システム:制度変更や法改正に即時対応が必要なケース ・予約システム:将来的に連携先や予約タイプが増えることが前提 ・業務管理ツール:業種特化オプションを段階的に提供する構成
例えばある自治体向けの教育支援アプリでは、当初予定されていなかった「学習進捗グラフ」機能が途中から追加されましたが、未定設計をしていたことで工期の遅延なく導入ができたという実例もあります。
保守運用と今後の展開:後悔しない拡張のために
未定機能を設計する際には、以下のような長期的視点も必要です。
・「いつ実装するか」の判断基準(ROI・ユーザー反応など) ・レガシーコードとならないよう設計コメントをメンテナンス ・実装フェーズ到来時に開発ベロシティを高めるための準備
将来的な要望への対応力が高まるだけでなく、クライアントからの信頼獲得にもつながるため、受託開発においても非常に有効な手法と言えます。
まとめ
「未定だから設計しない」のではなく、「未定だからこそ設計する」――これが本記事で伝えたかったメッセージです。機能未定モジュール設計は、要件が流動的なプロジェクトにおいて、柔軟性と拡張性を両立させるための新たな選択肢となり得ます。
開発会社としての技術力を示し、発注側に安心感を与えるうえでも、ぜひ取り入れていただきたい設計思想です。