用語集はなぜ軽視されがちなのか?仕様と運用のズレを防ぐ「用語設計」のすすめ

システム開発において、「画面設計」「API設計」「DB設計」などは明確にドキュメント化され、開発工程の中心的な役割を担っています。一方で、「用語設計(業務用語や機能名称の定義)」は軽視されることが多く、要件定義書や画面資料に埋もれるかたちで放置されてしまう傾向があります。
しかし、業務システムやBtoB SaaSのように、複雑な業務ロジックや多様な利用者層を抱える開発案件では、共通用語の定義が曖昧なままだと、仕様認識の齟齬やUIのブレ、エラー対応の混乱など、さまざまな問題が発生します。
本記事では、システム開発における「用語設計(用語集)」の重要性と、実務に落とし込むためのベストプラクティスを解説します。
よくある課題:同じ言葉が意味することが違う
開発の現場では、以下のような「同じ用語が異なる意味で使われる」問題が頻発します。
- 「会員番号」がユーザーIDを指す場合と、顧客管理IDを指す場合が混在
- 「通知」がメールなのか、アプリ内のお知らせなのか、Slack連携なのか曖昧
- 「ステータス」が社内業務用の進捗か、ユーザー向けの公開情報かで解釈が異なる
- 同じ画面上に「名前」「氏名」「フルネーム」など表記ゆれが発生
これらは一見些細に見えますが、後工程に進むにつれ、テストケースのブレ、顧客サポートの混乱、APIの設計ミスなど、工数増や品質劣化の温床となります。
なぜ「用語の統一」が難しいのか?
用語統一の難しさには、次のような背景があります。
- 開発関係者が多く、バックグラウンドが異なる:ビジネスサイドとエンジニア、デザイナー、外注先で用語の使い方が異なる
- ドキュメントが分散している:要件定義書、画面仕様書、DB定義書、API仕様書、マニュアルが分離し、表記や定義が一貫しない
- 命名が後付けになりがち:プロトタイプを作りながら画面やDBを設計する過程で、名称が流動的になる
特に受託開発の場合、初期段階では「ざっくりとした認識合わせ」に留まり、正式な用語定義が共有されないまま開発が進むことが多いため、後工程で軌道修正が困難になるリスクが高いのです。
システム開発における「用語設計」の技術的背景
用語設計は単なるラベルやUI文言の整理ではなく、実はドメインモデリングにも深く関わる工程です。以下のような側面でシステム全体に影響を与えます。
- データベースのスキーマ設計:テーブル名やカラム名に業務用語が使用されるため、定義が曖昧だと構造自体が混乱
- API設計や外部連携:パラメータ名やレスポンス定義に用語が使われる
- ロール権限や通知設定のロジック:対象範囲の説明やルール記述が分かりにくくなる
- エラーメッセージやログ出力:ユーザーや開発者が理解しやすいメッセージ設計のためにも用語統一が必要
つまり、用語設計を疎かにすると、「全体設計の根本」に揺らぎが生じ、後の改修や外部仕様の公開時に大きな手戻りや混乱を招く可能性があるのです。
実務で使える「用語集」設計のステップと工夫
開発プロジェクトにおける用語設計の進め方を、実務に即して段階的に紹介します。
- 用語抽出の起点を定める
- 要件定義書や業務フロー図から業務名詞を洗い出す
- 顧客と使用している用語や、既存システムで使われている語彙を確認
- 用語の定義と属性を明文化する
- 「用語名」「読み仮名」「意味(業務上の定義)」「関連画面やDB項目」「備考」などを定義
- 略語、同義語、類義語も併記しておくと運用しやすい
- プロジェクト全体に共有する
- ConfluenceやNotion、Googleスプレッドシートなどでクラウド上に一元管理
- 要件定義書や画面資料、API仕様書にハイパーリンクで参照できるようにしておく
- レビューと更新のプロセスを設ける
- 設計レビュー時に用語の正確性をチェック
- 新たに登場した用語は随時追加・見直し
- 外部向け文書にも活用する
- ヘルプページ、導入マニュアル、サポートFAQへの転用
- エラーメッセージや通知文言の設計にも活用
発注側が確認すべきポイントと導入メリット
受託開発においては、発注側が「用語の定義や統一」を軽視しない姿勢を示すことで、プロジェクト全体の品質が大きく向上します。以下のようなメリットがあります。
- 仕様認識のズレを早期に発見できる:顧客と開発会社の間で「言葉の意味」が一致しているか確認できる
- UI/UXの品質向上につながる:表記ゆれが減り、ユーザーの操作理解が向上
- 将来的な保守やリニューアルが容易になる:用語ベースで機能や構造が整理されているため、設計変更がしやすい
具体的には、開発会社に以下のような観点で確認するとよいでしょう。
- 開発中に用語集は作成・運用されているか?
- 画面設計やマニュアルに用語が一貫しているか?
- リリース後のサポートやFAQ作成にも活用されるか?
まとめ:用語集の整備は「費用対効果」の高い品質向上施策
用語設計は、コードやインフラのような「目に見える技術」ではありませんが、開発工程全体の品質を左右する重要な基盤です。小規模なプロジェクトでも、「最低限の用語集を整備する」ことで、UI設計・データ設計・テスト・保守のあらゆる工程がスムーズに進行しやすくなります。
特に複数社が関与する受託開発や、将来的な改修・追加開発が想定されるプロジェクトでは、用語の統一は「システム全体の一貫性を支える仕組み」として捉えるべきです。
情報量が多くなりがちな業務システム開発において、記事内で紹介したステップやチェックポイントを参考に、「開発のはじめに用語集を整備する」ことを、ぜひプロジェクト運営に取り入れてみてください。