開発会社の「変更前提設計」──発注者リスクを最小限にする分離構造の基礎知識

システム開発において、最初から「将来的に開発会社が変わるかもしれない」という前提で設計を行うことは、まだ一般的とはいえません。しかし実際には、運用フェーズや次期開発フェーズにおいて開発ベンダーの交代は珍しくありません。特に中長期にわたるWebシステム開発や業務システム構築においては、「開発会社との契約が終了しても、プロジェクトが持続可能である」状態を設計時点から確保することが、経営・技術両面で重要な視点となります。
本記事では「変更前提設計」という発想を起点に、予算、費用対効果、相場観、開発会社の選び方など、システム発注者が取るべき具体的な対策と考え方を詳しく解説します。
なぜ「開発会社の交代」が起こるのか
開発会社との契約を見直す理由は多岐にわたります。
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担当エンジニアの退職や人材不足による品質低下
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コミュニケーションの不一致や納期遅延
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追加要件対応への柔軟性不足
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保守コストの高騰
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技術的負債の蓄積
このような背景から「契約終了」や「交代」の選択が必要になるケースが発生します。つまり、プロジェクトの長寿命化を考えるなら「特定の開発会社にすべてを依存しない」設計が必要です。
「開発会社が変わっても困らない」システムの特徴
開発ベンダーを変更しても継続可能なシステムには、以下の特徴があります。
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ドキュメントが整備されている
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環境構築が自動化・再現可能
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ビジネスロジックがモジュール化されている
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ソースコードの所有権が明確
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クラウドやSaaSによるインフラ分離がなされている
このような状態であれば、新たなベンダーに対してもスムーズに引き継ぐことが可能です。
「変更前提設計」で意識すべき技術的な観点
変更前提設計では、以下の技術的視点が特に重要になります。
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CI/CDの導入:ビルドやデプロイの自動化によって、引き継ぎ時の環境構築の負担を軽減。
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構成管理ファイルの整備:YAMLやTerraformなどで構成をコード化する。
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テストコードの充実:ユニット・結合テストが揃っていれば品質担保が可能。
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API設計の明確化:疎結合化することで業務ロジックの把握がしやすくなる。
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ドキュメント生成ツール:Swagger等で設計仕様の可視化。
「開発会社の選定基準」に変更リスクを含める
開発会社の選定時、「成果物品質」や「コミュニケーション能力」の他に、「変更が発生した際にリスクが少ない設計をしてくれるか」という観点が重要です。
以下のような確認項目が有効です。
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ソースコードや環境情報の納品が契約に含まれているか
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テスト・構成情報の共有レベル
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ドキュメント更新の頻度と粒度
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技術選定が属人的になっていないか
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マイクロサービス/APIファーストなど、分離しやすい設計思想を持っているか
「開発予算」は「継続可能性」も見据えて考える
予算に限りがある中でも、変更コストを最小限に抑える工夫をすれば、結果的に総コストの抑制になります。
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初期フェーズでテスト自動化や構成管理に予算を割く
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ソースコード納品の契約明記(納品物の仕様に含める)
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ドキュメント更新をプロジェクトタスクに組み込む
これらは短期的にはコストアップに見えるかもしれませんが、中長期的には「変更可能性」そのものがリスク軽減となり、費用対効果の高い投資になります。
「費用相場」と「変更可能性」の関係
業界相場で見た場合、変更に強い構成を意識している開発会社の見積もりはやや高めになる傾向があります。しかし、これは「保守費や変更時コスト」を見越した設計・品質に裏打ちされた価格です。
一方、極端に安い見積もりは、「属人化」や「構成の複雑化」が起きやすく、将来的な変更に対して極めて脆弱です。見積もり金額だけでなく、費用の「中身」を精査する視点が重要です。
発注時に明記すべき項目と契約上の注意点
開発発注時には、次のような点を契約書や仕様書に明記しておくことで、後のトラブルを防げます。
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ソースコード・DB構成情報・ドキュメントの納品物定義
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開発環境と本番環境の構成と移行方法
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外部APIやSaaSとの連携情報の明示
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アクセス権・認証情報の委譲範囲
これらが不明瞭な場合、開発会社が変更されるタイミングで追加費用が発生しやすくなります。
「属人化しない開発体制」を設計段階から作る
属人化とは、特定の人物や会社に依存する設計・運用体制のことです。これを避けるためには、以下のような工夫が必要です。
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タスク管理を可視化(Backlog, Jira など)
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日次・週次でナレッジ共有を行う
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コメント付きのGit運用(Pull Requestレビュー文化)
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ドキュメントをNotionやConfluenceに蓄積する習慣化
まとめ:「ベンダーが変わっても困らない開発設計」を標準化する
システム開発を成功に導くには、技術的完成度や費用対効果だけでなく、「持続可能性」を重視した設計が必要です。特に開発会社の変更リスクを最小限にするという発想は、長期運用を前提としたプロジェクトでは必須の視点となります。
「変更を想定しない設計」から、「変更があっても困らない設計」へ——発注者主導でこの思想を導入することで、真の意味での安定運用とコスト最適化を実現することが可能になるのです。