フィールドログ連携API設計の裏側:多拠点・多端末時代の記録インフラをどう作るか

はじめに:フィールド業務の「記録」が分散化している現実
近年、スマートフォンやタブレットを用いたフィールド業務のDXが急速に進んでいます。点検、配送、保守、清掃、訪問医療など、あらゆる現場業務において「記録」の電子化は標準的なプロセスになりつつあります。しかしその一方で、記録データの「集約」「可視化」「構造化」に課題を抱える現場は未だに多く、記録業務の本質的な改善には至っていません。
特に、多拠点・多端末・多ユーザー環境においては、記録のばらつきや粒度の違い、非同期アップロードや通信不全といった現実的な問題が発生しやすく、単なるフロントUIの改善では限界があるのが実情です。
このような課題に対して、あるBtoB SaaSプロダクトでは「フィールドログを集約・活用できるAPIプラットフォーム」を中核に据えたアーキテクチャを構築。現場起点のデータを”資産化”することを目指し、その設計思想と実装ノウハウを開発ノートとしてご紹介します。
要件定義:どこから・誰が・いつ投稿するかをAPIでどう受けるか?
多拠点・多端末・多ユーザーの複雑な現実
フィールドログ連携APIを設計する上でまず取り組んだのが、現場構成の抽象化です。以下のような前提条件が存在しました:
- 拠点:全国100拠点超、1拠点ごとに複数業務
- 端末:1人1台のスマートフォン+共用タブレットの併用
- ユーザー:1万人規模で権限や所属が異なる
- 通信環境:山間部や地下施設などオフライン状態が多発
- 投稿タイミング:リアルタイム入力・後日一括アップロードの混在
これにより、API側では以下の要件を担保する必要がありました:
- 投稿者(ユーザーID・端末ID・所属拠点)を正確に特定
- 現場記録時間とアップロード時刻を分けて保持
- ログの一意性を担保(ID衝突防止)
- 添付ファイルの柔軟なアップロードと関連づけ
- 冪等性と整合性の維持
実務に即したログ構造の定義
業務の実態に即したデータ構造を作るため、初期段階で業務フローのヒアリングを徹底し、”1回の現場作業”を「Session」、その中の記録単位を「Entry」と定義しました。これにより、ユーザーは無意識のうちに作業単位で情報を整理でき、管理者側では日付・拠点・ユーザー単位の集計がしやすくなります。
API構成の工夫:エッジ→クラウドを前提とした設計
階層化された構造による管理の最適化
- Project:業務種別(例:点検、配送)
- Session:業務実施単位(例:〇月〇日 午前の作業)
- Entry:実際の記録データ(テキスト・数値・メディア)
これにより、上位概念が変更されても個々のEntryは影響を受けず、ロールバックやフィルター処理も容易となりました。階層化により、データの可視性と柔軟性を両立させることに成功しています。
オフライン記録と一括送信の共存
オフライン環境で記録されたログは端末ローカルに一時保存され、ネットワーク回復時にまとめてサーバへ送信されます。このとき、APIでは以下を処理しています:
- UUID+端末IDでエントリの一意性を保持
- Entry送信時に時刻の整合性と順序を検証
- 添付ファイルの非同期アップロードとの照合
- 不整合や重複の自動検知とユーザー通知
また、送信済みログを再度更新・補足できるようPATCH APIも整備し、柔軟性を高めています。
セキュリティ・認証の観点からの実装配慮
トレーサビリティの徹底と不正排除
記録の信頼性を確保するため、ユーザーと端末の認証情報を分離し、複数のトークンを用いた段階的認証を導入しました:
- 端末認証:APIキー+端末ID(端末紐付け)
- ユーザー認証:JWTベースのセッション管理
- 初回ログイン時の拠点登録と自動付与
この多層構造により、不正アクセスや改ざんリスクを最小化しました。
添付ファイルのセキュア運用
メディアファイルについては以下の戦略を採用:
- ファイルは直接APIでは受けず、事前署名付きURLによるPUT方式を採用
- ファイルはCloud Storageに保存し、Storage Triggerで処理を起動
- アップロード完了後、Entryとメタ情報を紐づけて非同期連携
- 内容モデレーション用のレビューAPIを別途提供
ファイル単体の登録ミスや漏れ、品質不備への対応も柔軟に対応可能としました。
運用設計とその成果:構造化データによる業務変革
このAPIを導入した企業の実例では、月間5万件を超える記録が安定的に処理され、次のような成果を得ました:
- 手作業でのExcel集計が不要となり、事務工数を80%以上削減
- 日報・週報の自動生成が可能となり、報告の精度が向上
- 不備や記録漏れの自動アラートにより、現場の品質が均一化
さらに、ログに構造性があることで、機械学習による異常検出や最適化にも活用が進んでおり、「記録が資産になる」土壌が整いつつあります。
まとめ:現場のログを設計し、未来の業務へつなぐ
これからの業務システムでは、「記録を集める」だけでは不十分です。いかに「意味のある構造」に落とし込むか、そのためにどのようなデータ設計・認証・同期設計を行うかが、業務改善の成果に直結します。
開発会社としては、APIや画面UIだけでなく、ログという単位にどれだけ深く踏み込めるかが、提案力の差になります。現場で生まれる1件の記録を、組織全体の判断材料として機能させる——その視点が、新たな標準となる開発の出発点です。