1. HOME
  2. ブログ
  3. 開発ノート
  4. リアーキテクチャ現場録――イベント駆動リファクタリングを段階導入する方法
BLOG

ブログ

開発ノート

リアーキテクチャ現場録――イベント駆動リファクタリングを段階導入する方法

プロジェクト背景と課題

老舗の業務システムが10年以上にわたり増改築を繰り返すと、機能追加のたびにコードの依存関係が蜘蛛の巣のように絡み合い、システム開発会社が新しく着任するたび「これは誰も全体像を把握していない」と嘆く――そんな光景はめずらしくありません。売上規模が伸びた反面、障害対応の人月コストは指数関数的に膨張し、Web開発費用やアプリ開発費用の見積もりも桁違いになっていきます。

特にモノリシックな PHP/Java アプリを抱える企業では、要件定義ドキュメントと実装が乖離し、仕様変更がそのまま技術的負債を産む悪循環が起きやすいです。コードを読むにもビルド時間が長く、CI が赤く光ると“犯人捜し”だけで午前が潰れていく。結果、プロジェクト管理上のスプリント計画は毎回見積もり誤差が大きく、経営層は「開発費用シミュレーションが信用できない」と判断し、追加予算が出ません。

そんな組織にこそ効果を発揮するのが、イベント駆動アーキテクチャ(EDA)を用いた段階的リファクタリングです。クラウドネイティブ化を一気に進めるのではなく、「ビジネスイベント」を軸にドメインを再分割し、メッセージブローカーを“安全弁”として挟むことで、既存機能を止めずに高凝集・疎結合へシフトします。本稿では、受託開発でEDAを導入する際の実践的ノウハウを、開発費用と費用対効果の観点も含め詳細に記録します。

イベントストーミングで要件を可視化する

段階導入の第一歩は、現場業務の流れを「イベント」の列として付箋に書き出すイベントストーミングです。業務システム開発においては、ドメインエキスパートが抱える tacit knowledge をコード以前のレベルで掘り起こすことが肝心です。

たとえば在庫管理では「入荷登録完了」「棚卸差分確定」「出庫ピッキング開始」などがビジネスイベントになります。これを時系列に並べ、イベントを発火するコマンド、その結果を保持するアグリゲートを色別に貼ると、従来のER図では見えなかった「振る舞いの流れ」が浮き彫りになります。このフェーズで重要なのは、システム設計視点の専門用語を使わず、現場の言葉で書くことです。そうすることで、非エンジニアも議論に参加でき、要件定義の漏れや思い込みを早期に発見できます。

イベントストーミングの成果物はそのままリファクタリング計画のロードマップになります。優先順位付けには、障害発生頻度×影響金額で算出した「業務リスク指数」を採用すると、開発予算の説得材料として経営層にも伝わりやすいです。

イベント一覧が固まったら、Kafka や RabbitMQ などメッセージキューの topic 設計へ落とし込みます。ここで1イベント=1トピックを原則にすると、後工程の保守運用で監視粒度が高まり、障害原因の切り分けが劇的に早くなります。

サービス分割戦略とチームトポロジー

マイクロサービス化は「小さければ良い」という単純な話ではなく、“インターフェース安定性”と“デプロイ独立性”を両立する粒度が肝です。イベント駆動リファクタリングでは、この粒度をビジネスイベント境界で決めやすいメリットがあります。

まずはアカウント、受注、決済といった高凝集度のドメインを抽出し、それぞれを 2~4名のスクワッドがオーナーシップを持つ構造へ移行します。チームトポロジーの観点からは、ストリームアラインドチームを軸に、プラットフォームチームが Kafka クラスタ管理や observability を担当。そしてコンパイラバージョン統一やCI/CDパイプラインを内製プラットフォームとして提供します。

この段階でのポイントは「サービス数=チーム数」を厳守し、チーム間 API 契約を OpenAPI と AsyncAPI で明文化すること。設計イベントを GitHub Actions で PR に埋め込み、Contract Testing を CI に組み込むと、仕様変更による破壊的影響が PR レビュー時点で検出され、修正コストが最小化されます。

費用面では、マイクロサービス数が増えるほど AWS ECS や GKE のクラスタ管理費が増大します。開発会社へ見積もり依頼を出す際は、初期構築費(コンテナ化 / IaC)とランニングコスト(クラスター維持 / メッセージブローカー課金)を項目分けして比較すると、コスト削減の議論がしやすくなります。

開発会社選定で確認すべき EDA 実務スキル

イベント駆動を提案する受託開発会社は増えていますが、実務経験の深さには大きなばらつきがあります。発注者がシステム開発会社選びで失敗しないためには、以下の具体的質問が有効です。

  1. Kafka のスキーマ管理に Confluent Schema Registry を使った運用実績

    • バージョン管理と後方互換性ポリシーの設定経験の有無

  2. Dead Letter Queue を利用したリトライポリシー最適化

    • メッセージ破棄条件と再試行回数のチューニング事例

  3. Observability スタックの統合経験

    • OpenTelemetry+Prometheus+Grafanaでの分散トレース実装能力

  4. データガバナンスと法規制対応

    • PCI DSS や GDPR に準拠したトピック暗号化・マスキング運用

  5. 段階移行プロジェクトでのダウンタイム実績

    • ブルーグリーン or カナリアリリースによるサービス影響最小化事例

これらを RFI(情報提供依頼書)段階で質問し、回答内容を比較することで「費用だけでなく品質で選ぶ」基準が明確になります。発注決裁者がコスト削減を最優先にしがちな場合でも、上記質問を提示しておけば、保守運用コストの総額で安い会社を選ぶロジックを組み立てやすいでしょう。

リファクタリングフェーズのモニタリング設計

段階移行の最中に最も恐れられるのは「想定外のデータロス」と「遅延爆発」です。これを防ぐには、3レイヤの可観測性を同時に整備する必要があります。

  1. アプリケーションレイヤ

    • Spring Boot であれば Micrometer、Node.js なら OpenTelemetry SDK を組み込み、traceIdspanId を必ずイベントに付与する。

    • 例外発生時は Error Queue へ自動ルーティングし、再試行回数や原因をタグとしてメタデータに付加。

  2. メッセージブローカレイヤ

    • Kafka ではパーティションごとのレプリカ遅延を kafka.server:type=ReplicaManager MBean で監視。

    • RabbitMQ なら Federation & Shovel プラグインの転送レイテンシを Prometheus Exporter で数値化。

  3. インフラレイヤ

    • Kubernetes ノードの CPU スロットリング率を 5% 以下に保つよう HPA (Horizontal Pod Autoscaler) を設定。

    • ストレージ IOPS が逼迫するとコンシューマがバックオフするため、ストレージクラスに I/O バースト保証を付ける。

重要なのは、これらを単体ではなく Grafana のダッシュボードで“1画面完結”させることです。開発会社との SLA では「イベント処理遅延 P95 が 500ms 超過したらペナルティ」といった実行可能な指標を契約文書に盛り込み、曖昧な“応答速度”という言葉を排除します。

障害が発生したら、まずトレースIDで該当メッセージを抽出し、どのサービスで落ちたかを色分けヒートマップで表示。これによりオンコールエンジニアの平均解決時間は従来の 1/3 まで短縮できます。

カットオーバー戦略:ブルーグリーンとイベントアウトボックス

いよいよ新アーキテクチャを本番に流し込むとなった際、最も緊張が走るのがデータ整合性を壊さずにスイッチを切り替える瞬間です。ここで活躍するのがイベントアウトボックスパターンブルーグリーンデプロイメントを組み合わせた手法です。

  • イベントアウトボックス
    旧モノリス側の DB に「outbox」テーブルを追加し、トランザクションコミットと同時にビジネスイベントを格納。Debezium などの CDC (Change Data Capture) ツールがこれを Kafka にパブリッシュするため、旧コードの大改修を避けられます。

  • ブルーグリーン
    新旧サービスを並走させ、API Gateway のルーティングを 1% 単位で新系へ切り替え。メッセージブローカへの Publish は 100% 新系が行うため、読み取り整合性を保ったまま段階的に移行が可能です。

ロールバック設計も忘れてはならず、アウトボックスに保存された未送信レコードをリトライキューに戻すスクリプトを用意すると停止時間を最小化できます。さらに、データ検証の自動化には Apache Beam+BigQuery でストリーミングチェックを走らせ、旧DBと新イベントストアの差分をリアルタイム可視化するのがお勧めです。

コスト管理:CapExからOpExへの転換を可視化する

オンプレ時代は初期導入費(CapEx)が重く、クラウド移行後は運用費(OpEx)が継続的にかかります。経営層を納得させるには、“何年何ヶ月で損益分岐を超えるか”をグラフで示すことが必須です。

  1. 初期コスト

    • コンテナ化作業、IaC (Terraform) スクリプト作成、CI/CD 基盤構築。

    • メッセージブローカクラスタの立ち上げ費用(例:MSK/Confluent Cloud)。

  2. ランニングコスト

    • メッセージ転送量課金、ストレージ保持、モニタリング SaaS 料金。

    • 人件費:チームの DevOps 運用に割く時間と人月単価。

  3. 削減効果

    • 障害対応時間短縮による売上損失削減。

    • 新機能リリースサイクル短縮による市場投入スピード向上。

Excel での概算ではなく、FinOps ダッシュボードで日々のコストを可視化し、異常値が出たら Slack に自動通知する仕組みを入れておくとコミットメントプランの最適化が容易になります。

ガバナンスとセキュリティ:ゼロトラストを支えるEDAの設計指針

イベント駆動環境では、データの流れが非同期・多方向となるため、従来以上にアクセス制御が難しくなります。ここでは ゼロトラスト の原則「常に検証、最小権限」を具体的実装へ落とし込む方法を示します。

  • サービスメッシュ+mTLS
    Istio や Linkerd でサイドカーを挟み、サービス間通信を mTLS で暗号化しつつ、ポリシーエンジン(OPA Gatekeeper)で RBAC を宣言的に管理。

  • フィールドレベル暗号化
    Kafka では AES-GCM 暗号化を Producer Interceptor で実装し、PII のみ暗号化。必要なコンシューマだけが KMS で復号鍵を取得。

  • 監査ログとデータライン
    CloudTrail/Audit Log をストリームで収集し、ルールエンジンで異常検知。PCI DSS 対応として、クレジットカード番号が含まれるメッセージを自動マスキング。

これにより、監査部門や法務が懸念する「メッセージ経路不明」を払拭でき、発注側も安心して開発会社に委託できます。

人材育成とカルチャー醸成:イベント思考を組織に根付かせる

技術導入だけでなく、人が付いてこなければリファクタリングは成功しません。まずは月1回の “Event Storming Lunch & Learn” を実施しましょう。現場のオペレーターやサプライチェーン担当者を招き、実際のイベントカードを貼りながらピザを囲む形式です。

次に、インナーソース化によってサービス横断ライブラリを GitHub Enterprise で公開し、Pull Request を歓迎する文化を作ります。これにより開発者は「自分が作ったコードが別ドメインの業務を加速させる」実感を得られ、エンゲージメントが向上します。

人材スキルマップは「イベント設計」「メッセージキュー設定」「可観測性」「SRE」の4象限で棚卸しし、弱い領域にペアプロやモブレビューを配置します。進捗は OKR で可視化し、達成率よりも学習トライアル数を評価することで、挑戦を阻害しないインセンティブ設計が狙えます。

まとめと次のステップ

イベント駆動リファクタリングは、一夜にして完遂する魔法ではなく、ビジネス価値の連続的なデリバリーを支える運用戦略です。

  1. イベントストーミングで要件を可視化し、ドメイン境界を再定義する。

  2. チームトポロジーを合わせて再構築し、サービス粒度とオーナーシップを一致させる。

  3. メッセージブローカ+可観測性基盤でデータ流通を安全に監視。

  4. ブルーグリーン×アウトボックスでゼロダウンタイム移行。

  5. FinOps とゼロトラストでコストとリスクを同時に管理。

  6. カルチャー醸成で長期的な改善サイクルを維持する。

これらを段階的に達成すれば、従来プロジェクトで発生した“仕様と実装の断絶”“見積もり不信”といった課題は大幅に緩和されます。受託開発であっても、ベンダーと発注者が同じイベント地図を共有することで、予算超過リスクと開発費用相場のブレを最小化できるのです。次のステップとしては、小規模なイベントソーシング PoC を立ち上げ、成功指標(SLO)を設定して効果を計測しましょう。

お問合せ

不明点やお見積りの依頼などお気軽にください。




問い合わせを行う

関連記事