地域医療とITをつなぐ、訪問看護記録アプリの開発事例:現場目線で実現した業務効率と安全性の両立

はじめに:なぜ訪問看護アプリが必要とされているのか
訪問看護や在宅医療のニーズが年々高まる中、現場の業務効率と情報管理を支えるITツールの整備が急務となっています。 特に注目されているのが、「訪問看護記録アプリ」の導入です。
病院とは異なり、訪問先は患者の自宅。 移動時間の制約、通信環境の不安定さ、そして何より限られた時間の中での記録作業。 これらの制約を解消するため、「オフラインでも使えるアプリ+クラウド連携による管理システム」が求められました。
本記事では、実際の開発事例をもとに、現場の課題にどう向き合い、どのような技術選定と設計判断を行ったのかを詳しく解説します。
よくある課題とアナログ運用の限界
訪問看護の現場では、以下のような「アナログ運用の限界」が存在していました。
- 紙ベースの記録が主流で、転記ミス・管理ミスが発生しやすい
- 記録を事務所に持ち帰って手入力するため、「リアルタイムでの情報共有ができない」
- スマートフォンを活用するケースも増えているが、「アプリは多機能すぎて使いにくい」
- オフライン環境ではアプリが使えず、結局メモ帳に記録してから再入力することに…
これらは、看護師のストレス・非効率な業務・医療安全リスクの増加に直結していました。
システム開発の方向性と検討フロー
今回のアプリ開発は、以下のようなフローで進められました。
- 現場看護師とディスカッションを重ね、「業務フローのどこでIT化が必要か」を定義
- 要件定義フェーズでは、「UXプロトタイピングを併用」しながら、UIの直感性を検証
- オフライン対応・同期タイミング・エラーハンドリングなど、「技術選定ありき」ではなく「課題起点の開発方針」を徹底
- テストフェーズでは、「本番に近い訪問業務を想定した実地検証」を実施
このように、開発会社の視点ではなく、現場の体験を起点にした要件整理とシステム設計が求められた点が特徴です。
記録アプリに求められた3つの要件
- 「オフラインで記録できること」 → 訪問先ではネットが使えないケースが多いため、アプリ内で入力・保存できることが必須。
- 「記録の自動保存・復元機能」 → 移動中にアプリが落ちたり、操作ミスでデータが消えるリスクを排除。
- 「クラウド上での記録一元管理と共有」 → 管理者や事務員がWebから確認・印刷・エクスポートできること。
この3要件は、「利用者・管理者・開発者の立場すべてを意識した共通土台」として設計に落とし込みました。
UI/UX設計で配慮したこと
開発の現場では、「UIが複雑だと使われない」という課題に直面します。 訪問看護アプリでも、以下のような配慮が施されました。
- 1画面に必要な項目だけを表示し、「次へ」ボタンでステップを進める構成
- 入力途中でも常時保存状態にし、「記録を閉じる」の明示をしない設計
- 複数端末を持つユーザーにも対応した「ユーザー切替機能」
- 音声入力や手書き記録など、「現場での入力負荷軽減策」を複数用意
UX設計では、単なるデザインだけでなく、「業務オペレーションとの一致性」に特に注目しました。
セキュリティと個人情報管理の設計方針
医療系システムの開発では、セキュリティ要件が厳格に求められます。 今回のプロジェクトでは、以下の設計方針をとりました。
- デバイスに保存されるデータはすべてAES暗号化
- 自動ログアウト/PINロック機能
- クラウド通信にはSSL/TLSを使用し、APIにはトークン認証を採用
- アクセスログ・操作ログをサーバー側に保存し、監査証跡を保持
これらは開発コストに影響する要素ですが、「リスクマネジメントとして不可欠」な設計と位置づけました。
オフライン対応とクラウド同期の実装例
オフライン対応では、次のような技術が活用されました。
- Flutter × SQLite を採用し、ローカルにデータを保存
- ネット接続検知時に自動同期(差分のみ)
- 同期中はプログレス表示&キャンセル機能付き
- 同期失敗時にはリトライ機能と手動同期ボタンを提供
これにより、ユーザーは通信状態を意識せず、「どこでも安心して記録できるアプリ体験」を実現しました。
開発技術スタックとAPI設計の考え方
- フロントエンド:Flutter
- バックエンド:Django(REST API構成)
- データベース:PostgreSQL+SQLite(端末側)
- 認証:JWT+端末認証併用
- インフラ:Heroku+Cloudinary(画像処理)+Firebase(通知)
API設計では、「操作ログ」「エラーログ」「同期タイミング」を明確に管理するため、「ログ基盤をあらかじめ整備」しました。
開発スケジュールと工程管理
- 要件定義〜プロトタイピング:2ヶ月
- 基本設計・UI設計:1ヶ月
- 実装フェーズ:3ヶ月
- 実地検証と修正:2ヶ月
- トータル:約8ヶ月
開発工程では、ウォーターフォールとアジャイルを組み合わせた「ハイブリッドモデル」で進行。 検証と改善のサイクルを繰り返しながら進めました。
実装後の現場の変化と運用サポート体制
- 記録の入力時間が約40%短縮
- ペーパーレス化による事務工数削減
- 管理者によるデータチェックがリアルタイムで可能に
- ユーザー満足度は90%超(ヒアリング調査)
運用面では、開発会社が保守契約を結び、「アプリのバージョンアップ・API監視・障害対応・定期メンテナンス」を提供。
費用感と見積もりで注意したポイント
- 開発費用:約500万円〜800万円
- 要件によって大きく変動(特にオフライン対応・セキュリティ要件)
- 保守費用:月額3万〜10万円(監視+更新対応含む)
見積もりのポイントは、「通信不安定時の同期トラブル対応」など、「目に見えない要件をどう折り込むか」にあります。 単なる機能数ではなく、「運用リスクをどこまで見込むか」が最終コストに影響します。
まとめ:ITと現場感覚をつなぐシステム開発を目指して
訪問看護という特殊性を持つ業務に対し、「現場視点で設計されたITシステム」がいかに力を発揮するかを示した事例でした。 本事例は、医療に限らず他業種のフィールドワーク系業務(建設、介護、保守点検)にも応用可能です。
今後、開発会社を選定する際には、「ユーザー起点での要件整理ができるか」「現場課題をITで構造化できるか」という視点で比較・検討してみてください。