製造業X社のサプライチェーン透明化システム導入事例:持続可能な調達を実現するユースケース

背景:ESG強化とサプライチェーン可視化の必要性
近年、製造業では環境・社会・ガバナンス(ESG)への対応が必須となり、海外調達先の労働条件や環境負荷を含めたサプライチェーン透明化が急務になっています。X社は創業50年を超える中堅部品メーカーで、これまで発注先ごとにExcel管理とメール連絡で調達データを集約してきました。しかし、以下の課題が顕在化しました。
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発注先ごとにフォーマットが異なり、データ集約に時間がかかる
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環境負荷指標(CO₂排出量など)を集計できず、CSRレポート作成が手作業
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調達先からの品質不具合報告が遅延し、生産ライン停止リスクが高まる
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内部監査で要求されるトレーサビリティ要件を満たせない
こうした課題を解消し、持続可能な調達と迅速な不具合対応を可能にするため、X社はサプライチェーン透明化システムの開発を決断しました。経営企画部の田中課長が発起人となり、まずは社内稟議用に相場感を踏まえた概算予算案(初期費用:1,200万~1,500万円、ランニング:月額50万~80万円)を作成。これにより、開発費用の妥当性を経営層に説明し、承認を得ています。
開発会社の選定と予算策定プロセス
システム開発会社の選び方として、X社が重視したポイントは次の通りです。
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業界知見と実績:製造業向けの生産管理・調達管理システム開発事例があるか
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データ連携能力:SAPやOracle ERPなど既存基幹システムとのAPI連携実績
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予算・見積透明性:人月単価とライセンス費用の明細化、相場と比較可能な詳細見積
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運用支援範囲:導入後のメンテナンスと追加要件発注プロセスのサポート体制
RFP(提案依頼書)を作成し、上記4点を明記して10社に発注。3社から詳細提案を受け、
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A社:相場よりやや低価格だが製造業経験少なめ
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B社:業界最大手だが人月単価が高額(約120万円/人月)
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C社:中堅ベンダーでERP連携と予算透明性が両立
以上を比較した結果、C社を採用。要件定義~PoCでの確度を重視し、PoC実施までの費用として200万円を確保しました。PoC段階では、「機能要件70%/非機能要件30%」という比率で試行し、費用対効果を測定。結果を踏まえて本開発予算1,000万円を正式に発注しています。
要件定義からPoC実施までのステップと学び
要件定義フェーズでは、以下のプロセスを経て具体的な機能要件を固めました。
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業務フロー可視化:調達~検品~支払いの全工程をBizagiでモデル化し、課題ポイントを抽出
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KPI設定:調達リードタイム短縮率、品質不具合発生件数削減、CO₂排出量可視化率などを定量化
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画面設計レビュー:モックアップをFigmaで作成し、現場ユーザーからフィードバックを3回実施
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データ定義:ERPからの部品コード、発注履歴、検査結果、サプライヤ属性をマスタ化
その後、PoCとして以下の機能を2週間で開発・評価しました。
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サプライヤ登録/評価画面
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発注予定リスト自動生成
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不具合アラート通知(Slack連携)
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CO₂排出量レポート自動集計
PoCで得た主な学びは、
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データ品質の担保にはマスタ管理と入力バリデーションが必須
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現場に即した帳票出力(PDF・CSV)機能は発注時に優先度高
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API連携の遅延対策としてバッチ同期とリアルタイム連携を組み合わせる
これらの知見を本開発要件に反映し、追加で発注した修正工数は約50万円。要件定義~PoCを経ることで、本番フェーズの手戻りを大幅に削減できました。
本開発フェーズの進め方と課題克服
本開発では、開発スプリントを3週間サイクルで計画。毎週のレビューで進捗・課題を可視化し、以下の工夫でプロジェクトを円滑に進めました。
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バックログ優先度管理:JiraでMust/Should/Couldに分類し、Budget Burn Rateをトラッキング
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デイリースクラム+ウォークスルー:コードレビューに加え、最新開発環境を実機で定期検証
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テスト自動化:PlaywrightでUIテストを実装し、リリース前のバグ検出率を70%→90%に向上
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ERP連携モジュール:既存ERPのREST API仕様変更に伴い、バージョニング対応を前倒し
開発中に直面した課題は、サプライヤ評価アルゴリズムの調整です。PoCで可用性を実証したものの、本開発期にデータ量増加で処理遅延が発生。C社と協働で以下を実施しました。
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キャッシュ機構の導入(Redis)
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評価アルゴリズムの非同期バッチ実行
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UIへの進捗表示
これにより評価処理時間を従来比70%短縮。本開発段階の追加費用は約120万円となりましたが、相場感内で収めることができました。
成果と効果の定量化
本開発完了から3カ月を経過した段階で、X社では以下のような定量的な効果が得られました。
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調達リードタイム短縮
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従来:平均14日 → 新システム:平均7日(50%削減)
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品質不具合対応時間
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従来:平均3日 → 新システム:平均6時間(92%短縮)
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データ集約工数
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従来:月間120時間 → 新システム:月間20時間(83%削減)
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CSRレポート作成時間
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従来:月間40時間 → 新システム:月間5時間(88%削減)
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コスト削減効果
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人件費相当:年間約600万円の削減
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システム保守費用:月額80万円→50万円(38%削減)
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これらの成果により、X社はサプライチェーン可視化に要する費用対効果を明確に示すことができ、経営層からの追加投資(次年度予算:+300万円)も承認されました。また、調達部門だけでなく品質保証部門、CSR部門からも高い評価を獲得しています。
プロジェクトの教訓とポイント
本事例から得られた重要な教訓を以下にまとめます。
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PoCで早期検証
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機能要件と非機能要件をPoCで洗い出すことで、本開発の手戻りを大幅に削減。
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バックログ管理の徹底
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JiraのMust/Should/Could分類とバーンダウンチャートで、予算消化率をリアルタイム可視化。
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現場ユーザー巻き込み
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画面モックアップの早期提示と3回以上のユーザーテストで、仕様齟齬を最小化。
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開発会社とのコミュニケーション
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見積内訳とスコープを成果物ベースで明示し、追加費用発生時の起点を明確化。
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API連携の遅延対策
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リアルタイム連携が不要なデータはバッチ化し、ミッションクリティカルなAPIは非同期化。
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運用マニュアルと教育
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リリース前に操作マニュアルとFAQを整備し、導入後1カ月のヘルプデスクを確保。
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これらポイントを次のプロジェクトに活かすことで、発注~開発~納品までのプロセス品質をさらに向上できるでしょう。
今後の展望と追加投資計画
X社では以下の追加機能を検討し、来年度以降の投資計画を策定しています。
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AIによる異常予兆検知
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調達データと品質履歴を機械学習モデルに投入し、不具合発生前にアラート
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モバイルアプリ連携
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現場検品スタッフ向けに、スマホアプリでリアルタイム検品結果を登録
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サプライヤ評価ダッシュボード
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CO₂排出量や納期遵守率を可視化し、ESGスコア連動のサプライヤランク付け
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ブロックチェーンによるトレーサビリティ
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主要部品の原材料調達履歴をチェーン上に記録し、改ざん防止と信頼性担保
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これら機能はPoC予算として各200万~300万円を確保済みです。要件定義時には「期待される効果」「導入マイルストーン」「追加予算上限」を明示し、次回発注をスムーズに進める体制を整えています。
発注・費用管理の最適化手法
複数回の発注フェーズで発生しやすい費用トラブルを防ぐため、以下の工夫を行いました。
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フェーズ分割見積
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要件定義/PoC、本開発、運用保守の3フェーズに分割し、マイルストーンごとに支払い
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詳細見積テンプレート
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人月単価、作業内容、想定工数、ライセンス費用を明細化した統一フォーマットを使用
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変更管理フロー
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要件追加時は必ずChange Requestを提出し、承認後に見積追加・予算調整を実施
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コスト可視化ダッシュボード
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月次で実績 vs 予算をグラフ化し、バーンダウンをJiraと連携
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これら手法により、当初予算1,200万円に対し追加費用は合計270万円に収まり、予算超過率は20%以下に抑制できました。