建設現場の見える化を実現した進捗管理アプリ導入事例

背景:人手不足と情報のブラックボックス化
中堅ゼネコンの山田建設株式会社(以下、山田建設)は、人手不足の影響を受けて現場監督の業務負荷が急増していました。従来は紙の帳票と口頭報告で進捗管理を行い、データ集計や工程調整に多大な時間を費やしていたため、以下の課題が顕在化していました。
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現場作業の“いま”が把握できない
毎朝各作業班から提出される紙のチェックシートを本社で集計するまで、遅くとも翌日午後まで進捗状況がわからない。 -
コスト予実管理の精度が低い
材料発注や外注手配のタイミング判断が属人的で、追加費用の発生判断が後手に回る。 -
改善施策のPDCAが回せない
報告サイクルが長いため、問題点発覚から対策実施までに数週間を要し、同じミスが繰り返される。
加えて、発注先の施工会社が複数存在し、作業品質や安全点検の状況も含めてリアルタイム共有が困難でした。そこで、システム開発会社選びの検討が本格化。要件として「現場でスマホからの進捗入力」「ダッシュボードで社内全工程を可視化」「コスト推移の自動グラフ化」を掲げ、概算予算を800万円、開発期間を3か月と設定しました。
開発会社選定と発注プロセス
山田建設が行った開発会社選定は以下のステップです。
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RFI(情報提供依頼)発行
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建設業界での導入実績を持つSIer 5社に対し、類似ユースケースの事例や概算費用相場をヒアリング。
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RFP(提案依頼書)作成
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要件定義書に具体的な画面イメージと業務フローを盛り込み、UI/UX面のイメージ共有を徹底。
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提案・見積比較
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「モバイル入力要件をReact Nativeで対応」「社内ダッシュボードはVue.js+Chart.js提案」「バックエンドはFirebase等BaaS活用」に分かれ、各社の開発会社選び方ポイントが浮き彫りに。
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PoC(概念実証)発注
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上位2社を対象に、1週間のPoCフェーズ(データ登録とダッシュボード表示)を依頼し、技術力とコミュニケーションスキルを評価。
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本発注契約締結
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PoC結果と過去事例の比較から、専用BaaS×React Nativeで開発実績が豊富な「TechBuild社」に決定し、正式に800万円(税別)で発注。
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提案ごとに見積レンジが「600万円~1,000万円」と幅広かったため、設計フェーズで必要に応じたオプション見積をRFPに組み込み、要件追加時の追加費用判断を明確化できたのが選定のポイントでした。
要件定義とUX設計の工夫
TechBuild社とのキックオフ後、まず手を付けたのが現場監督や作業員へのヒアリングによる要件定義です。以下のような工夫を行い、曖昧さを排除しました。
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ユーザーストーリー作成
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「朝イチで作業班長Aさんがスマホから当日予定を入力」「本社の工務部長が過去30日の進捗トレンドを確認」といった具体的な利用シナリオを50件以上列挙。
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ペーパープロトタイプ実験
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画面イメージを紙に印刷し、現場でタッチ操作シミュレーション。ボタンの配置や文字サイズを現地で調整。
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データモデル共有
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Firebase Firestoreをバックエンドに想定し、コレクション設計をEntidad-Relationship図で可視化。業務部門と共同レビュー。
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UIガイドライン策定
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建設現場は屋外環境での利用が主なため、「大きめボタン」「濡れた手でも反応しやすいタップ領域」を盛り込んだデザインコンポーネントを作成。
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この結果、要件定義フェーズでの要件変更は最小限に抑えられ、後続の開発工程への要件流用効率が大幅に向上しました。また、UI/UX面での追加予算発生もほぼゼロに近づけています。
開発フェーズで直面した技術的課題と対策
プロジェクトは要件定義・UX設計を終え、いよいよ開発フェーズに突入しました。しかし、想定外の技術的課題がいくつか発生し、予算とスケジュールの両面で調整を余儀なくされました。
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オフライン対応
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建設現場は電波状況が不安定な場所も多く、ネット未接続時のデータ書き込みが必須に。
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React Nativeのオフラインキャッシュライブラリ(Redux-Persist+SQLite)を導入し、再接続後に自動同期する仕組みを追加発注。
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画像アップロードの最適化
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現場で撮影した高解像度写真をそのままFirebase Storageに送信すると通信帯域と費用相場が膨張。
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画像圧縮ライブラリ(react-native-image-resizer)でサイズを50%に圧縮し、アップロード前にサムネイルとフルサイズを分けて送信する方式を採用。
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リアルタイム通知の要件追加
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重大な遅延や安全点検未実施が発生した際に、管理者へ即時プッシュ通知を送る要望が出たため、Firebase Cloud Messaging(FCM)連携を追加。
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通知ロジックはCloud Functionsで実装し、サーバーレスでの運用コストを抑制。
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多言語対応の検討
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建設現場には外国籍作業員も多く、日本語以外(英語・ベトナム語)へのUI切り替えを検討。
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i18nライブラリ(react-i18next)を採用し、リソースファイルのみ追加発注で済む設計に。
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これらの課題対応によって、オフラインや大量画像扱いといった現場特有のニーズを解決しつつ、通信量の費用抑制や運用負荷の軽減も同時に達成しました。
テスト・品質管理の取り組み
品質担保のため、徹底したテストフェーズを計画し、以下の施策を実施しました。
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ユニットテスト
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各React NativeコンポーネントとFirebase連携ロジックをJestで網羅。テストカバレッジは90%超を維持。
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結合テスト
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簡易的なモックサーバーを用い、Firestoreへの読み書きをエミュレート。CI/CDパイプラインで自動実行。
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E2Eテスト
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Detoxを採用し、実機またはエミュレータ上で「進捗入力→同期→ダッシュボード反映」を繰り返し検証。
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ユーザー受け入れテスト(UAT)
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事業部現場監督と協力し、本番に近い環境での実走行テストを実施。
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UI操作性と帳票出力の正確性を確認し、潜在的な誤入力パターンを洗い出し。
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テスト自動化の導入により、担当者の手動テスト工数を約60%削減し、品質とコスト相場の最適化を同時に実現しました。
導入・運用フェーズでの成果と効果
アプリは予定通りローンチし、以下の成果を得ることができました。
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進捗把握時間の短縮
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これまで翌日までかかっていた進捗集計が、リアルタイムでダッシュボードに反映されるように。
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コスト見える化による無駄削減
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部材発注後の実績消化率をグラフで可視化し、不良在庫や重複発注を20%削減。
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工程遅延の早期検知
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進捗遅延が閾値を超えた段階で管理者へプッシュ通知が入り、対策指示のリードタイムが80%短縮。
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安全点検モニタリング
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作業員の点検完了状況をリアルタイムに集約し、未実施者は自動リマインド。ヒヤリハット件数が半減。
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これにより、山田建設社内での評価も高まり、次年度から他支店・他現場への発注拡大が決定しました。また、初年度の運用予算は保守・サポート込みで月額10万円以下に抑えられ、従来の手動集計コストに比べて大幅な削減効果を発揮しています。
プロジェクト全体の振り返りと今後の展望
本事例から得られた主な学びは以下の通りです。
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現場起点の深掘り要件定義
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曖昧な業務イメージではなく、現場オペレーションの1ステップ単位まで要件を落とし込む。
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PoCによる技術検証と費用感把握
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概算相場を把握した上でPoCを実施し、技術選択と開発会社選びを最適化する。
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自動化とオフライン対応による運用負荷軽減
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スマホアプリはネットワーク依存だけでなくオフライン対応が現場では不可欠。
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長期的なナレッジ共有体制
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他現場へ横展開する際には、今回の設計・運用ノウハウを社内テンプレート化し、継続的改善を図る。
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今後はIoTセンサー連携やAIによる進捗予測機能を追加し、予知保全・工数最適化の領域に踏み込む予定です。これにより、さらなるコスト最適化と品質向上を実現し、建設業界のDXをリードしていきます。