製造業向けARリモート保守支援システム導入事例:A社のDX推進ストーリー

背景:現場保守の課題とDX化の必要性
中堅製造装置メーカーのA社は、全国の顧客向けに保守メンテナンスサービスを提供しています。これまでは技術員が現地を訪問してトラブル対応や定期点検を行っていましたが、以下の課題に直面していました。
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高額な交通費・移動時間:遠隔地の顧客先へは平均3万円/件の交通費と往復4時間以上の移動が必要
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技術員リソースの不足:深刻な人手不足で、対応までのリードタイムが最長7日間
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ナレッジ共有の遅延:現場の問題事例が社内に蓄積されず、同様トラブルの再発防止が困難
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顧客満足度低下:緊急トラブルでの長時間待機が契約更新率に悪影響
これらを解決するため、A社はAR(拡張現実)を活用したリモート保守支援システムを企画。技術員がHoloLensやスマホで現場映像を共有し、遠隔地の熟練エンジニアがリアルタイムに指示を出せる仕組みを導入することで、移動コストと対応時間を大幅に削減し、サービス品質の向上を目指しました。
開発会社選定と予算策定プロセス
ARとクラウドを組み合わせた保守支援システムは社内リソースだけでは難易度が高く、外部の開発会社への発注が不可欠でした。A社が重視した選定ポイントは以下の3点です。
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AR/MR開発実績:HoloLensやARKit/ARCoreの実装経験が豊富か
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クラウド連携能力:Azure、AWS、GCPいずれかでリアルタイム映像ストリーミングの実績
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ナレッジ共有プラットフォーム構築経験:メモ・注釈データを蓄積し、検索可能にするUX設計
提案依頼(RFP)では、上記を明示し、3社から詳細見積もりを取得。相場感をつかむため、各社の人月単価(約100万~120万円)や開発期間見込みを比較しました。最終的にAR領域でのPoC実績が豊富なB社を採用し、予算は以下のように策定しています。
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PoCフェーズ:150万円(2週間)
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本開発フェーズ:本格設計~リリースまで800万円
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運用保守(年額):200万円(バグ修正、バージョンアップ含む)
このように初期費用とランニングコストの相場を明確化し、経営層へ説得力のある予算案を提示できたことが、稟議通過の鍵となりました。
PoCとプロトタイピングで得た知見
B社との契約後、まずはPoCフェーズに着手しました。PoCで開発した主要機能は以下のとおりです。
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現場映像の双方向ストリーミング:HoloLens SDK+WebRTCを用いた遅延200ms以内の映像共有
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AR注釈機能:遠隔エンジニアが現場画像上に3D矢印やテキストを配置し、ホスト技術員に指示
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メモ共有プラットフォーム:Firebaseをバックエンドに、注釈履歴をリアルタイム保存/検索
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ユーザビリティテスト:現場技術員50名を対象に操作性アンケートを実施し、改善項目を抽出
PoCで顕在化した主な学びは次のとおりです。
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ネットワーク帯域の変動:Wi-Fi環境のない工場現場では4G/5G回線の不安定化対策が必須
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UI要件の調整:AR注釈の透過度や配置リセット機能を強化し、視認性を向上
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セキュリティ要件:映像と注釈データの暗号化(TLS1.2+AES256)をバックエンドで必須に
これら知見を本開発の要件定義フェーズで反映し、PoC→本開発の移行で手戻りを60%削減。
本開発フェーズの進行と技術的チャレンジ
本開発では、アジャイル開発手法を採用し、3週間スプリントでリリース軸を細かく設定しました。技術的な主な課題と解決ポイントを紹介します。
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リアルタイム映像品質の最適化
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解像度とフレームレートを動的切り替えし、5Mbps以下で安定配信
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AWS Elemental MediaLiveを組み合わせたマルチビットレート配信を検証
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AR注釈同期の信頼性確保
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Firestoreのオフライン対応機能を使い、回線切断時も注釈操作をローカル保存
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再接続後、Vector Clockベースのマージロジックで注釈の衝突を回避
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法人向け認証連携
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Azure AD SSOを導入し、既存ERPと同一のIDプロバイダーでシングルサインオン
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転送トークンの有効期限管理とリフレッシュ処理を共通ライブラリ化
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運用ダッシュボード構築
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Grafana+Prometheusで視聴数、平均視聴時間、注釈数を可視化
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Kibanaでエラー発生箇所のログ絞り込みと、E2Eテストカバレッジレポートを統合
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これら課題解決には追加で約120万円の工数が発生しましたが、発注範囲に「技術調査」「UX改善」も含めていたため、予算内に収めることができました。
テストと品質保証の取り組み
本開発フェーズ終了後、リリース前に徹底したテストと品質保証を実施しました。まず、ユニットテストを95%以上のカバレッジで作成し、各機能が単体でも確実に動作することを保証しました。次に、E2EテストとしてCypressを用い、AR注釈機能や映像ストリーミングの動作を自動化テストスクリプトで検証しました。また、リグレッションテストをスプリントごとに回し、既存機能の影響を早期に検知できる体制を構築しました。さらに、ユーザー受け入れテスト(UAT)では、実際の保守現場に近い環境で技術員によるハンズオン検証を行い、操作性やUXの課題をフィードバックしました。これにより、リリース前に計120件の指摘を解消し、追加費用の発生を約30万円に抑制することができました。最後に、品質メトリクスとしてバグ密度やテスト自動化率をKPIに設定し、開発会社との定例レビューで進捗を可視化しました。
セキュリティとコンプライアンス対策
リモート保守支援システムは顧客機密情報を扱うため、セキュリティ対策は最優先課題です。通信はすべてTLS1.2以上で暗号化し、映像と注釈データはAES256で保管しました。認証にはOAuth2.0/OpenID Connectを採用し、Azure ADとのシングルサインオン連携でID管理の一元化を図りました。さらに、アクセスログや操作ログはSIEMに連携し、異常検知ルールを設定して不正アクセスをリアルタイムでアラートします。PCI DSSやGDPRなどのコンプライアンス要件に準拠するため、個人情報の取り扱いやログ保持期間も厳格に管理しました。セキュリティ監査は第三者機関に依頼し、発注時に合意した範囲内でのペネトレーションテストを年1回実施しています。これら取り組みにより、システム全体の安全性を確保し、顧客からの信頼を獲得できました。
本番ロールアウトの手順と工夫
本番環境へのカットオーバーは、事前リハーサルで検証した手順を厳守しました。DNSフェイルオーバーを活用し、旧システムとの並行稼働期間を6時間設けることでリスクを分散。データマイグレーションはオフピーク時間帯にバッチ実行し、夜間のダウンタイムはわずか20分に抑えました。カットオーバー当日は、経営層へのリアルタイム報告用ダッシュボードを用意し、進捗・障害状況を可視化しました。技術員と開発会社のオンコール連携はSlackと電話会議を併用し、緊急時のコミュニケーション遅延を防止。リリース後24時間は深夜・早朝を含めた監視体制を敷き、問題発生時は即時ロールバック可能なシナリオを実行しました。これら工夫により、売上機会の損失や顧客への影響を最小限にし、納期どおりのリリースを達成しました。
導入効果とROI算出
ARリモート保守支援システム導入後3カ月で、A社は以下の定量的効果を確認しました。
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交通費削減:平均3万円/件→1万円(66%削減)
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対応リードタイム:7日→1日(86%短縮)
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技術員稼働率:現地訪問80%→リモート対応60%(作業効率20ポイント改善)
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CSAT(顧客満足度):80%→92%
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追加売上機会:緊急保守契約数10%増加
投資回収期間(Payback Period)は1.4年と算出され、経営層へ提示したプレゼン資料にて承認を獲得しました。これにより、次年度のDX投資予算として追加300万円を取得し、さらなる機能拡張へと繋がっています。
次期拡張計画と予算策定
A社では今後、以下の機能追加を計画しています。
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AI異常検知サポート:故障予兆を自動アラートする機械学習モデル連携(予算:300~400万円)
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多言語対応UI:海外拠点向けに英語・中国語UIを実装(予算:200~250万円)
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オフラインログ同期:回線不安定時の操作ログをローカル保存し、再接続時に同期(予算:150~200万円)
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VR遠隔トレーニング:技術員向けVRマニュアル機能追加(予算:400~500万円)
それぞれの費用相場を開発会社B社と協議し、RFPに明記。発注時には「要件定義~本開発~運用保守」までを一括見積もりすることで、追加費用発生リスクを抑制できる見込みです。
プロジェクトからの教訓とまとめ
本プロジェクトを通じて得られた主な教訓は以下のとおりです。
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PoCで早期に課題抽出:実証実験でUX・ネットワーク課題をクリアにし、手戻りを削減
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詳細なRFPで開発会社選びを効率化:技術要件だけでなく、予算・相場も明示
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運用自動化でランニングコスト最適化:監視・ロギング・リソース削減を自動化
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緊密なコミュニケーション設計:オンコール体制とリアルタイム報告でカットオーバー成功
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効果測定のKPI設定:交通費、対応時間、CSATなど定量的指標でROIを明確化
これらのポイントは、次回以降のシステム発注や予算策定、開発会社選びにおいても有効です。事業責任者やマネージャーの皆さまが自社のDX推進に取り組む際の参考になれば幸いです。