マイクロサービス化プロジェクトの裏側:成功と失敗から得た5つの教訓

はじめに
昨今、システムのスケーラビリティや開発速度向上を狙い、既存のモノリシックアーキテクチャからマイクロサービスへ移行する企業が増えています。しかし、理想通りに進むケースは稀で、多くのプロジェクトで追加費用や納期遅延が発生しています。本記事では、あるBtoB SaaS企業で私がリーダーを務めたマイクロサービス移行プロジェクトを振り返り、要件定義から本番リリースまでに経験した成功例と失敗例を時系列で解説します。開発会社選びや予算確保、発注タイミングのポイントも交え、同じような挑戦をされる技術リーダーやPMの参考になれば幸いです。
プロジェクト背景と目的:モノリスからの脱却
当初、我々のSaaSはユーザー数増加に比例してモノリシックシステムのレスポンスが低下し、日中のトラフィックピーク時にはページ表示が5秒以上かかるようになっていました。さらに、新機能の追加には数週間単位のリリースサイクルが必要で、開発効率も限界を迎えていました。
この課題を解決するべく、以下を目的にマイクロサービス化を決定しました。
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スケール性向上:負荷を特定サービス単位で分散し、必要に応じたリソース増強を容易に
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開発スピードUP:チームごとに独立したサービスを開発・デプロイし、リリースサイクルを短縮
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運用コスト最適化:不要なサービスは停止・削除し、クラウド利用料を抑制
しかし、この段階で予算感を正しく把握できておらず、外部の開発会社に初期見積もりを依頼したところ、概算で従来の2~3倍の費用が必要と判明しました。後述する要件定義の甘さが、追加費用や相場乖離の要因となります。
初期要件定義で見落としたポイント
移行コンサルティング会社を1社選び、要件定義フェーズを開始。しかし、以下のようなポイントを見落としたため、後に大きな手戻りが発生しました。
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データ整合性要件
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マイクロサービス化ではそれぞれが独立したデータベースを持つため、トランザクション管理や整合性確保が複雑化します。
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当初は「各サービスが独自DBを持つ」とだけ記載していたが、分散トランザクションの必要性に気づかず、後続で追加費用が発生。
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認証/認可基盤の再設計
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モノリス時代のJWTトークン発行ロジックをそのまま流用できず、サービス間認可の設計が追加工数に。
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ログ/モニタリング要件
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各マイクロサービスから一元的にログを収集・可視化する仕組みを要件定義で具体化しておらず、後段でELK StackやPrometheus導入に膨大な費用を投じる。
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これらを踏まえ、移行初期段階で要件定義を丁寧に行わなかったことで、発注後に合計で約20%程度の追加費用が発生しました。
開発環境構築に潜む落とし穴
マイクロサービス開発では、各チームが独立してビルド・テスト・デプロイできるCI/CD環境の整備が必須です。本プロジェクトでは以下のようなトラブルに見舞われました。
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プラットフォーム選定ミス
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最初はオンプレ向けのJenkinsサーバーでビルドを回していたが、Dockerイメージのビルド/プッシュに時間がかかりすぎてスプリントが遅延。
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インフラコード未整備
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TerraformでIaC化を試みたが、各マイクロサービスのVPC設定を一元管理できず、ネットワーク接続エラーが頻発。
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開発会社との連携不足
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外部ベンダーに環境構築を丸投げした結果、設計思想が共有されず、細かな調整に多くのやり取りが必要になった。
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結果として環境構築だけで2週間以上のロス。これが後続の開発工数に影響を与え、コスト増大を招いた点も大きな教訓でした。
テスト自動化を進めたが陥った罠
マイクロサービス化では、各サービス単位でユニットテスト/統合テストを自動化し、リリース品質を担保することが重要です。しかし、以下の問題で挫折寸前に。
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テストデータ管理の複雑化
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各サービスが異なるDBスキーマを持つため、テスト用データのセットアップ・クリーニングが困難に。
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エンドツーエンドテストのコスト
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全サービスを結合したE2Eテストの実行に時間がかかりすぎて、CIパイプラインが数時間止まる。
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開発会社のスキルギャップ
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ベンダー側にテスト自動化のノウハウが浅く、外注コストが高騰。
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最終的に、E2Eテストはスモークテストに縮小し、ユニットテスト中心の品質担保に方針転換。この判断が後のコスト削減につながりました。
運用フェーズでの課題と改善方法
マイクロサービス化後の運用段階で最初に直面したのは、サービス間通信のレイテンシ増大です。各サービスが独立して動作する反面、呼び出し回数が増えたことで全体のレスポンスが鈍くなりました。これを解決するために、以下の取り組みを行いました。
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gRPC導入
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REST APIよりも高速なバイナリ通信を採用し、呼び出しコストを半減。
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サーキットブレーカー実装
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障害時に自動で該当サービスへの呼び出しを遮断し、フェイルオーバーで他サービスへ転送。
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キャッシュ戦略の見直し
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Redisによる結果キャッシュを追加し、一部APIのリクエスト数を70%削減。
ログ監視については、従来のELKスタックが膨大なデータ量でコスト高騰を招いていたため、メトリクス中心のPrometheus+Grafana構成に移行しました。これにより、ログ保存にかかる外部ストレージ費用を30%圧縮しつつ、リアルタイム監視の応答性を向上できました。さらに、アラートの閾値をSLI(Service Level Indicator)に紐づけることで、誤検知を減らし、開発チームの運用負荷を大幅に軽減しました。
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コスト最適化のためのポイント
運用コストが膨らみがちなクラウドリソースですが、以下の施策で費用対効果を高めました。
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オートスケーリング
KubernetesのHorizontal Pod Autoscalerを使い、CPU/メモリ使用率に応じてPod数を動的に調整。 -
スポットインスタンス活用
バッチ処理ジョブをスポットインスタンスで実行し、コンピュートコストを約30%削減。 -
インスタンス最適化
定期レポートでリソース使用率を可視化し、過剰プロビジョニングを修正。 -
ライセンスコスト見直し
商用監視ツールからOSS監視へ切り替え、年間ライセンス費用を50%削減。 -
予算上限管理
開発会社との契約時にフェーズごとの予算上限を明確化し、超過リスク時には即時レビューを実施。
これらを組み合わせた結果、当初見積もりから約20%のコスト圧縮に成功しました。
開発会社との長期的パートナーシップ構築
移行フェーズでタイトなスケジュールをクリアした後も、継続的改善にはベンダーとの密な連携が不可欠です。本プロジェクトでは、移行完了後も同じ開発会社と運用・改善契約を継続し、以下の仕組みを構築しました。
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定例KPIレビュー会議
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月次でパフォーマンス指標やコスト削減状況を共有し、改善タスクを共同で洗い出し。
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ドキュメント/チャット統一
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ConfluenceとSlackを共通プラットフォーム化し、ナレッジ共有を効率化。
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チケット駆動の責任分担
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JIRAでチケット管理し、タスクの優先度と担当範囲を明確化。
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技術ワークショップ
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四半期ごとに技術トレンドや新機能をテーマにワークショップを開催。
これにより、開発会社は自社のシステム状況を深く理解し、次フェーズ以降も質の高い提案が可能になりました。結果として、追加発注時の見積もり精度が向上し、折衝コストは20%削減できています。
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プロジェクト成功の鍵:5つの教訓まとめ
本プロジェクトから得られた教訓を、今後のシステム移行や大規模開発に活かしてください。
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要件定義は“未来”を含めて丁寧に
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初期段階でAPI仕様だけでなく、運用・監視要件も洗い出すことで、追加費用と手戻りを抑制。
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CI/CDとIaCは早期整備が吉
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パイプライン整備が遅れると、環境差異による不具合が頻発。自動化投資は開発初期に。
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テストは全自動化より“選択と集中”
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E2Eテストを全ページで自動化するとコスト高。クリティカルパスに絞り、自動化範囲を設計。
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運用監視は“ノイジー”を排除
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アラートの閾値や監視対象を絞り込み、不要アラートを削減。対応速度が飛躍的にアップ。
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ベンダーと“継続的な協業”を設計
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一度の発注で終わらせず、長期的な改善契約を設定。ナレッジ継承と品質維持が両立。
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これらを踏まえれば、モノリシックからマイクロサービスへの移行だけでなく、他の大規模アーキテクチャ刷新案件でも成功確度が高まります。ぜひ自社プロジェクトにも取り入れてみてください。