リモートVRコラボレーションプラットフォーム開発ノート:建築設計現場のDX

発注に至る背景と課題整理
中堅建築設計事務所のアーキラボ社は、クライアントとの対面打ち合わせで模型や図面を用いながら設計案を検討してきました。しかし、全国に分散するプロジェクト拠点や海外クライアントとのリモート協働が増えるにつれ「移動コストとスケジュール調整の負担」が大幅に増加。特にコロナ禍以降、出張制限で設計ミスやコミュニケーションズレによる手戻りが頻発し、設計変更による追加費用が月200万円規模で発生していました。
そこでCTOの山下氏は、VR※1技術を活用した遠隔コラボレーションシステムを構想。VR空間内で3Dモデルをクライアントと同時に操作し、設計レビューや材質確認、光源シミュレーションを行える「システム」を自社開発することを決断。システム化することで、移動「費用」を大幅に抑え、設計スピードを向上させ、遠隔地でもリアルな打ち合わせを実現する狙いです。初期「予算」はPoC含め1,500万円、本開発で3,500万円を想定し、国内外のVR開発会社の「相場」を調査。グローバルに実績を有する数社にRFIを発行し、発注候補を絞り込みました。
※1 VR:Virtual Reality(仮想現実)
開発会社の選び方とRFP策定
VRプラットフォーム開発には、3Dエンジン知見とネットワーク同期ノウハウが不可欠です。アーキラボ社では、以下の基準で開発会社を選定しました。
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3Dリアルタイムレンダリング実績:Unreal Engine または Unity を用いた建築系VR案件経験
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マルチユーザー同期技術:WebRTCやPhotonなどを使った同時接続クライアントの組成実績
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UX/UI設計力:建築図面やBIM※2データを直感的に操作できるインターフェース設計
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ネットワーク最適化:大容量3Dデータ転送コストの抑制・圧縮技術
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費用透明性:「予算」内でのフェーズ分けと工数内訳を階層的に提示できるか
RFP(提案依頼書)には、要件定義からスクラム体制によるアジャイル開発、CI/CD導入、品質保証プロセスまで明記し、各フェーズの見積もりを「要件定義」「PoC」「本開発」「運用保守」の4区分で提出依頼。B社・C社・D社の三社がRFPに応じ、PoCフェーズ見積は各社¥500万〜¥700万、本開発は¥2,800万〜¥3,800万という「相場」が見えました。最終的に、3Dと同期処理に強みを持ち、BIM連携実績豊富なC社を選択。PoC予算¥600万、本開発予算¥3,200万で発注を確定しました。
※2 BIM:Building Information Modeling(建築情報モデリング)
PoC準備と初期検証
C社との契約直後、まずはPoC(概念実証)フェーズの準備に集中しました。BIMモデルをUnity形式に変換するためのツールチェーン構築、Oculus Quest 2やHTC Viveなど複数VRデバイスでの動作検証環境を整備し、リモートチームも参加できるクラウドベースのテストラボを用意しました。PoCの目的は「基本的な遠隔コラボレーション機能の動作確認」「3Dモデルの読み込みパフォーマンス検証」「ネットワーク遅延と同期精度の評価」の三点です。C社はPhoton Fusionを使ったリアルタイム同期の検証プロトタイプを10日間で納品。同期レイテンシは東京―ニューヨーク間でも平均150msに収まり、設計ディスカッションには十分な速度と評判を得ました。また、BIMモデルのポリゴン数が5万面を超えるとVR空間での表示フレームレートが30fpsを切る課題が見つかったため、LOD(Level of Detail)自動切替とテクスチャ圧縮ルーチンを追加で実装。これにより90%以上のフレームレート維持を達成しました。予想外の開発工数増加に対応するため、PoC予算200万円のうち50万円を追加予算として確保し、ツール改修と追加リトライテストを実施。C社との密なコミュニケーションにより手戻りを最小化し、「費用対効果」を高められたのが大きな成果です。
アジャイル体制でのスプリント運用
PoC合格を受け、本開発フェーズではアジャイル開発を採用し、2週間スプリントを10イテレーション実施しました。各スプリントでは以下の流れで進行しました。
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スプリントプランニング:バックログに登録された「ユーザーアバター移動」「共同注釈」「資料表示」「音声チャット連携」といった要件を優先度順に見積もり
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デイリースタンドアップ:PMとリードエンジニアがSlackとZoomを使って進捗と課題報告
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スプリントレビュー:ステージング環境でC社デモ、アーキラボ社の設計チームや国内外のクライアントに参加いただきフィードバック収集
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レトロスペクティブ:コミュニケーションの改善点、テスト効率化、デプロイ自動化の振り返り
テスト自動化にはUnity Test RunnerとCI/CDパイプラインとしてGitHub Actionsを導入し、ビルド→自動起動→同期テスト→ログ収集をワンストップで実行。これによりテストフェーズの工数を従来比30%削減し、品質保証コストを¥1,500,000抑制できました。さらに、各スプリントで現場担当者にVRヘッドセットを郵送し、リモートでのUAT(ユーザー受け入れテスト)を定例化。これにより、要件の齟齬やUIの使いにくさを早期に発見し、後工程での追加「費用」発生を最小限に抑えられた点が大きな学びでした。
BIMデータ連携と3D可視化最適化
本開発中盤では、RevitやARCHICADなど既存BIMデータとの双方向連携が重要課題となりました。C社はBIMクレート方式を採用し、Unity上でBIMモデルの構造データと属性データをシームレスに読み込むパイプラインを構築。これにより設計変更時のモデル更新を自動化し、PoC時には手作業で行っていたモデル再インポート工数を月間50時間から5時間に削減しました。また、3D可視化最適化のために次の技術を導入しました。
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ジオメトリ圧縮:MeshOptimizerでポリゴンを最大70%削減しつつ可視品質を維持
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テクスチャアトラス:複数マテリアルを一つのテクスチャにまとめ、Draw Callを80%削減
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ライトマッピング:静的ライティングを事前計算し、ランタイム負荷を軽減
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シーンストリーミング:大規模モデルをチャンク単位で遅延ロードする仕組みを追加
これら最適化に要した追加「費用」は¥800,000でしたが、VR環境でのフレームレート向上と同期安定性を確保したことで、クライアントの評価が飛躍的に高まりました。BIM連携の信頼性向上は、次フェーズの機能拡張予算を獲得するうえでも重要な実績となりました。
多地点同時接続の技術課題と解決策
同時に世界各地から参加するクライアントを想定すると、ネットワーク品質のばらつきが同期遅延を招きます。C社はPhoton Fusionを用いたハイブリッド同期アプローチを提案し、重要な操作データだけをUDPで高速伝送し、残りをTCPで堅牢に保証する方式を採用。さらに以下の工夫を実装しました。
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状態ダイジェスト:1秒ごとに全クライアントの状態をスナップショットし、差分のみを伝送
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予測補間:クライアント側で運動量予測アルゴリズムを導入し、パケットロス時の動作補完
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地域別サーバー配置:AzureとAWSのリージョンを併用し、欧米・アジア地域それぞれの近接サーバーを活用
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QoS設定:ゲーム用途の優先レーンを確保し、同期パケットの遅延を平均50ms以内に収束
これらの改善により、最大同時接続50ユーザー時の平均同期遅延を150ms→60msへ削減。テスト工数120時間、追加「費用」¥1,000,000でしたが、多地点コラボの実証実験が成功し、国内外クライアントからの信頼を獲得しました。
セキュリティ・認証・VPN設計
VR空間で機密設計データを扱うため、セキュリティ要件は非常に厳格でした。C社は以下の対策を実装しました。
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OAuth 2.0+OIDC:Azure AD B2Cを使ったアイデンティティ管理とシングルサインオン対応
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データ暗号化:HTTPS/TLS1.3必須化と、BIMデータをAES-256で暗号化したうえでS3互換ストレージに保存
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VPN接続:設計事務所ローカルネットワークとクラウドサーバー間をAWS Site-to-Site VPNで秘匿接続
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WAF/IPS連携:AWS WAFとGuardDutyで不正アクセスや脆弱性攻撃を監視
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ロールベースアクセス制御:設計リーダー/プロジェクトメンバー/クライアントの権限を細かく分離
これら要件は要件定義書に「システム上必須要件」として盛り込み、開発会社から明確な費用見積を取得。セキュリティ対応に要した工数は約180時間、追加「費用」は¥1,800,000でしたが、万一の情報漏洩リスクを回避し、SLA付き契約で運用安心度を高められました。
ユーザーテストとクライアントフィードバック
開発終盤では、10社のクライアント担当者と工期中の建築関係者を招いたユーザーテストを実施しました。テスト項目は「直感的な移動操作」「注釈の見やすさ」「資料表示の遅延」「同時操作時の混乱度」など20項目にわたり、各評価を5段階で集計。平均スコアは4.2と好評でしたが、注釈カラーがモデル背景に埋もれるケースや、建築用語の日本語フォントが小さく読みにくい指摘がありました。これを受け、注釈カラーを背景自動判別でコントラスト調整するアルゴリズムを追加実装し、フォントサイズを可変にする機能を盛り込む改修を3週間で完了。追加「費用」は¥900,000でしたが、改善後の再テストでは平均スコア4.7を獲得し、納品直後から高いユーザー満足を得ています。
本番展開・運用保守体制
納品後は以下の運用保守プランで展開しました。
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24×365サポート:C社のオンコール体制と、初動1時間以内・復旧8時間以内のSLAを契約
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月次アップデート:Unity/Azure更新対応と機能改善を月20時間、保守費¥300,000/月
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利用ログ分析:Azure MonitorとPower BIで利用状況を可視化し、UI改善ポイントを抽出
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バージョン管理:GitHubとUnity Cloud Buildでバージョンを統一し、クライアントごとのリリースを管理
運用開始3ヶ月で障害発生はゼロ、月次費用¥300,000は相場感の70%程度に抑えられ、工数削減や移動コスト削減効果を鑑みれば、十分に「費用対効果」が得られています。
ROI算出と次フェーズ展望
初期投資はPoC¥600万+本開発¥3,200万+追加最適化¥4,500万+ネットワーク・セキュリティ¥2,300万=¥10,600万。運用年間費用は¥3,600万です。
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移動コスト削減:年間¥4,800万(出張費・人件費)
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設計手戻り削減:年間¥3,000万(手戻り工数×単価)
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クライアント獲得増加:新規海外プロジェクト3件×¥1,200万=¥3,600万
ROI = (4,800+3,000+3,600 − 3,600) ÷ 10,600 ×100 ≒ 73%、約1.4年で投資回収可能と試算。経営会議ではPower BIダッシュボードで可視化し、次年度の「予算」増額と他部署への横展開を正式承認。次フェーズでは「遠隔設計レビュー自動録画」「AI設計補助アシスタント」「XR版内覧会機能」の追加を予定し、再発注先C社と継続契約を締結しました。ぜひ
で貴社の費用感を把握し、リモートVRシステム導入の第一歩を踏み出してください。